CCCD(コピーコントロールCD)は主にパソコンによるデジタルコピーを妨害するために一部のレコード会社が販売した著作権保護機能付きの音楽ディスクのこと。 CCCDは正規のCDではなく、再生機器のメーカー側は正常な動作を保証していない。 CCCDを販売していたソニーでさえも自社の再生機器での動作や故障修理は保証できないと早々に宣言していた。
佐野元春が当時所属していたレーベル「Epic Records」を傘下に置くソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)は、エイベックスや東芝EMIに追従する形で2004年1月以降に発売されるSMEグループの全CDをネットワーク認証型の独自仕様CCCD「レーベルゲートCD2」とする方針を取った。 しかし、実施からわずか11ヶ月でこの方針は撤廃されることになり、SMEグループがCCCDで発売したアルバム作品105タイトルとシングル作品190タイトルはその後に回収されて正規規格のCD-DA仕様でひっそりと再発売されることになる。 ただし、一部の作品は放置されたままで、佐野元春がリリースしたCCCDのマキシシングル「君の魂 大事な魂」と「月夜を往け」は再発売されていない。
2003年12月17日、CCCD仕様のシングル「君の魂 大事な魂」が発売される。 この時、SMEグループはアルバムへの適応に先立ち、まずは新譜シングルの全てを「レーベルゲートCD2」で発売する方針を取っていた。 したがって「君の魂 大事な魂」がCCCDで発売されることは順当なものではあったが、自身の作品が初めてCCCDでリリースされることについて佐野側からファンへのリスク説明や注意喚起などは事前にも事後にも無かった。
一部のファンはSMEが新譜シングルをCCCDにすると発表した2002年11月の時点から佐野作品のCCCD化に反対していて、佐野元春が本当にCCCDを採用するのかどうかを注目していたところであり、沈黙を貫いたままのCCCDリリースを受けて彼らの間には失望感が広がった。 逆に「時代の流れ」と理解を示す向きもあり、佐野の公式サイトMWSおよびFCサイトmofaのBBSには賛否両論が寄せられる。 ただ、実際のところはCCCD問題に関心を寄せるファンの数はこの段階ではおそらくはまだ少ない。
2004年1月20日、当初CCCDでリリース予定だった「Visitors 20th Anniversary Edition」がCCCDを回避して通常のCD-DAで発売されると発表される。 佐野元春の公式サイトMWSがCCCDについて言及したのはこの時が初めて。 MWSが公開した文書によると、発売元のEpic RecordsはCCCD回避の理由 を『既にCD化された音源が殆どである』ためと説明している。 このアナウンスは佐野元春がCCCDで作品をリリースすることは本意ではないという意思表示のひとつと捉えることができる。 これにより、CCCDは避けるのが望ましいという認識がファンの間に広まった。
「Visitors 20th Anniversary Edition」は2004年2月25日にリリース。 CCCDのままであれば2月18日がリリース予定日だった。
2004年2月7日、佐野元春はDJを務めていたラジオ番組「TOYOTA radiofish」の中で2004年3月10日発売予定のシングル「月夜を往け」の発売延期を発表する。 佐野は番組内で『レコード会社の都合で僕自身も残念』である旨をリスナーに伝えたが、詳しい理由は語らなかった。 新しい発売予定日は同番組の翌週の放送で5月19日と告知されたが、ここでもCCCDについて触れられることはなかった。
延期の理由は不明のままだが、「月夜を往け」は結局CCCDでリリースされて、この作品がEpic Recordsから発売された最後の作品となる。
2004年3月14日、佐野元春はファンから寄せられたバースデイ・メッセージへの返信として「ハートランドからの手紙 #163」を公開する。 この中で佐野は初めてCCCDに対して間接的な表現ながらも嫌悪感を示したが、合わせて違法なデジタルコピーが横行しているインターネットの現状に対しても危機感を滲ませている。
2004年4月12日、Epic Recordsと佐野の自主レーベル「GO4」との共同名義にすることでCCCDが回避されるはずだったライブアルバム「in motion 2003 ─ 増幅」が、SMEの意向により発売が延期になると発表された。 3月21日の段階で佐野元春の公式サイトMWSは同アルバムをCCCD仕様から通常のCD-DAに規格変更して発売すると発表しており、これを再びCCCDに戻すという決定は発売予定日のわずか9日前のことだった。
佐野側はこの時、1枚組であることが望ましいライブ作品がCCCDによって2枚組に分割されることが問題だとの見解を示し、発売の一時中止も視野に事態に当たっている。 この一件はSMEと佐野の間にCCCDについての意見の相違があることが表面化した唯一の事例となった。
翌日の2004年4月13日、佐野マネジメントとEpic Recordsが協議を持った結果、「in motion 2003 - 増幅」の原盤が佐野側に移管されてEpic Recordsが同作品の発売中止を発表。 「in motion 2003 - 増幅」は佐野の自主レーベル 「GO4」から1枚組の正規規格のCD-DA仕様で発売されることになった。 これにより、同アルバムは一般CDショップの店頭販売やオンライン販売が無くなり、佐野元春の公式サイトMWS内のオンラインショップ「MWSストア」やファンクラブ「mofa」経由の通信販売、ライブ会場での物販コーナーで取り扱われることになった。 佐野側はパッケージの作り直しとインターネット販売の準備のために日にちを要するとし、当初の発売予定日だった4月21日は通信販売の予約受付開始日となり、商品発送は5月28日からとなった。
ちなみに、販路変更に伴ってGO4レーベルはこの商品の価格を税込3,059円から2,310円へと2割以上下げた。 MWSの最新ニュースが伝えたところによると『スポークンワーズという新しい音楽表現をより多くのリスナーに伝えていきたいため』とのこと。
2004年4月23日、佐野元春はデビューから24年間在籍したEpic Recordsから独立して新しいレーベルを興すと発表する。 のちにディストリビューターがユニバーサルミュージックであることが判明して事実上の移籍となった。
これで佐野自身のCCCD問題は急転直下で解決を迎えることになったのだが、佐野はCCCD自体に問題があるという論調はついに取らなかった。 これは長年連れ添ったEpic Recordsの現場で働くスタッフに配慮をしたものと考えられる。
また、Epic Recordsからの最後のシングル「月夜を往け」は独立の発表後にも関わらず予定通り5月19日にリリースされており、SMEと佐野の別離は最終的にはお互いの主張を最大限に尊重した結果のものだったことを伺わせる。 佐野の公式サイトMWSもSMEの許諾が必要であろうコンテンツを一時的な中断も無くそのまま公開し続けていた。
2005年8月17日、佐野元春はAppleの音楽配信サービス・iTunes Music Store(iTMS)でシングル「光」とアルバム「The Sun Studio Edition - EP」の販売を開始する。 同年8月4日に日本版がサービスインしたiTMSへ早々に楽曲提供できたことは、佐野がSMEを離れたればこその副産物と言えるだろう。
佐野がSMEを離れたのは、CCCDを採用するSMEの方針を変えられないと悟り、新作アルバムをCCCDとしないために取った次善の策であることはまず間違い無い。 だが、もしこの時にSMEを離れていなくても、SMEがiTunes Music Storeに参加しないことを理由にやっぱり佐野はSMEを辞めていたかもしれない。 2008年現在もSMEはiTune Storeへ参加しておらず、ハードでもAppleのiPodとSONYのWALKMANはそれぞれ販売シェア1位2位で競合している。 佐野は古くからのマッキントッシュ・エバンジェリストとしても有名であり、Epic Recordsに在籍している時からApple製品支持をはばかることなく表明していたが、SMEアーティストのままだったらあの時点でのiTMSへの参加は不可能だったと思われる。
2004年5月22日、佐野元春は公式サイトMWSを通じて新レーベルの名称「DaisyMusic」と新作アルバムのタイトル「THE SUN」を発表する。
6月3日には「DaisyMusic」の設立を記念して報道および業界関係者を招いたパーティーを東京青山のレストラン 「CAY」 で開催。 佐野の行動は一部のマスコミにCCCD問題に一石を投じるものとして取り上げられた。 この時点でもまだ佐野は独立の原因がCCCDであるとはどの媒体でも明言していなかったのだが、このような形でレーベルを離反するアーティストを世間の反CCCD派は待ち望んでいた空気もあって、ドラスティックに映った佐野の独立は反CCCDを掲げる同業者や評論家、ファン以外の音楽リスナーからも多くの賛同を集めることになった。
7月21日、佐野の13枚目のオリジナル・アルバム「THE SUN」はDaisyMusicレーベルから通常のCD-DAで発売される。
2004年9月30日、SMEがCCCD仕様での新譜販売を11月で終了するとの発表を行う。 9月17日にエイベックスが「コピーコントロール機能の有無を商品に応じて弾力的に決定していく」と発表しており、SMEの決定はまたしてもこれに追従する形となった。 4ヶ月前の佐野元春の独立は、SMEに対してだけでなく業界全体の脱CCCDの機運を高めるひとつの要因になったと考えられる。 公正取引委員会も問題視するなど様々な物議を醸したCCCDはこれで終息に向かうことになり、SMEは「レーベルゲートCD2」のネットワーク上での認証・複製サポートも2008年3月末日を持って打ち切ることになった。
もし、CCCDが原因で佐野がSMEから独立したのだとするならば、SMEがCCCDを撤廃したことで佐野との間に生じた齟齬は解消されることになる。 実際に、2005年の暮れから旧譜の復刻企画が「Motoharu Sano Archives 1980-2004」シリーズとして復活し、その商品開発に佐野は積極的に関与していく。
2007年10月29日、佐野元春の公式サイトMWSが第一回「佐野元春ブロガーミーティング」という非公開イベントを開催した。 このイベントの内容はいわゆる有力ブロガー(alpha blogger)と呼ばれる人たちにMWSの最近の取り組みを自由に評価してもらうというもので、佐野自身がプレゼンテーションを行っている。 この中で佐野はSME離脱の経緯を述懐し、CCCDを巡る問題が大きな理由であったことを初めて認めた。 また、CCCD回避のためにSMEの上層部と水面下で折衝があったことなども明かしている。
このミーティングについてはMWS上での詳細なレポートは無く、参加したブロガーのブログが情報媒体となっている。 記事の扱い方は掲載不掲載を含めてミーティングに参加した各ブロガーの裁量に委ねられているものの、そもそもMWS側がどういった基準で参加ブロガーを選んだのかは不明である。
MWSによると参加したブロガーは11名とだけ説明されていて具体的なブロガー名は公表されていない。 リンクやトラックバックはブロガー側の記事が公開されたのちにおいおいと追加されていったもので、何らかの約束があって掲載されているものではないと思われる。
各ブロガーがエントリーで使用している会場内の画像はMWSが用意した共通のものを使用。 撮影や録音は許可されていなかったようだ。